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八日市(ようかいち)のいわれ

[2010年4月1日]

ID:1123

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【八日市のいわれ】

 八日市は、昔、八のつく日に市(いち)が開(ひら)かれたところから名づけられたんだ。
 市というのは、たくさんの人たちが品物(しなもの)を持(も)ってきて、売ったり、買ったり、交換(こうかん)したりすることで、今のようなお店はまだなかったんだよ。また、この市は、聖徳太子(しょうとくたいし)が開(ひら)かれたとも言い伝えられているんだ。

【市(いち)と商人(しょうにん)】

 市の日には、近くの村々(むらむら)の商人(しょうにん)たちがやってきて、お米、魚、塩、紙、布、桶(おけ)など生活に使う品物(しなもの)を売ったんだ。商人(しょうにん)といっても、市のない日には農業(のうぎょう)や山仕事(やましごと)をしている人が多かったんだって。

 商人(しょうにん)の中には、今の八日市金屋(ようかいちかなや)、今崎(いまさき)、市辺(いちのべ)、小今(こいま)などからまとまった「保内商人(ほないしょうにん)」と呼(よ)ばれる人たちがいたんだ。保内商人(ほないしょうにん)は、多いときには100人あまりが仲間(なかま)を組(く)んで、山を越(こ)え、伊勢(いせ)(今の三重県(みえけん))との間(あいだ)を行き来したんだよ。

 このあたりで採(と)れたものを伊勢(いせ)へ運(はこ)んで売り、伊勢(いせ)から魚や海草(かいそう)などを持(も)ち帰(かえ)って、このあたりの市で売ったんだって。八日市の市は、こうした商人(しょうにん)たちと、またそれを買いに来る人で、大変(たいへん)賑(にぎ)わったんだよ。そして、人々(ひとびと)は市を大切にして、市の神様をまつったのが市神神社(いちがみじんじゃ)なんだ。

【二五八(にごはち)の市(いち)と商店街(しょうてんがい)】

 市(いち)が栄(さか)えてくると、はじめ八の日だけだった市日(いちび)に二の日が加(くわ)わり、そのうち五の日もそろって、二(に)、五(ご)、八(はち)のつく日に市が開(ひら)かれるようになったんだ。
 市の日が多(おお)くなるにつれて、市神神社(いちがみじんじゃ)を中心(ちゅうしん)に家が立ち並(なら)び、常店(じょうみせ)(市の日だけでなく、いつも開(ひら)く店)が増(ふ)えていったんだよ。
 こうしてできたのが、今の本町(ほんまち)、ときわ、金屋(かなや)、栄(さかえ)などの商店街(しょうてんがい)なんだ。

写真:イベントでにぎわう本町商店街(ほんまちしょうてんがい)

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商工観光部商工労政課

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