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野口謙蔵(のぐちけんぞう)ってどんな人?

[2011年4月1日]

ID:1173

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  野口謙蔵(のぐちけんぞう)は、明治(めいじ)34(1901)年、いまの東近江市綺田町(かばたちょう)で造(つく)り酒屋(ざかや)を営(いとな)む裕福(ゆうふく)な家の次男(じなん)としてうまれました。

 絵(え)をかくことが得意(とくい)だった謙蔵は、東京美術学校(とうきょうびじゅつがっこう)[いまの東京芸術大学(とうきょうげいじゅつだいがく)]を卒業後(そつぎょうご)、ふるさとに帰(かえ)り、画家(がか)となりました。

 その後(ご)、謙蔵のかいた絵は高く評価(ひょうか)され、国が主催(しゅさい)する帝国美術院展覧会(ていこくびじゅついんてんらんかい)で入選(にゅうせん)3回、特選(とくせん)3回を受賞(じゅしょう)しました。

 

 謙蔵は、ふるさとの風景(ふうけい)を好(この)んで多くかき残(のこ)しました。3回目(かいめ)の特選作品(さくひん)であり、謙蔵の代表作(だいひょうさく)の一つである「霜の朝(しものあさ)」は、国が購入(こうにゅう)し、いまは東京の国立近代美術館(こくりつきんだいびじゅつかん)に所蔵(しょぞう)されています。

 洋画(ようが)に日本画(にほんが)の様式(ようしき)をいかしながら、独自(どくじ)の作品を次々(つぎつぎ)と発表(はっぴょう)し、また、文部省美術展覧会(もんぶしょうびじゅつてんらんかい)の審査員(しんさいん)になるなど有名(ゆうめい)になりました。

 昭和(しょうわ)19(1944)年に43才(さい)の若(わか)さで病気(びょうき)で亡(な)くなりましたが、いまは滋賀県を代表(だいひょう)する洋画家(ようがか)のひとりになっています。

アトリエ写真
泉水

泉水

冬日

冬日

野口謙蔵記念館

場所(ばしょ):東近江市綺田町(かばたちょう)442

電話(でんわ):野口謙蔵記念館 0748-55-3836、IP電話:050-5801-3836 (土・日のみ)

         近江商人博物館 0748-48-7101、IP電話:050-5802-3134

開いている日:土・日曜日の午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
          (ただし年末年始は休館です)

入館料:小・中学生100円(80円)、一般200円(150円)、大学生・高校生150円(100円)      
       ( )内は団体20名以上料金

 

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