特集 守りから攻めの農業へ フードシステムから始まる、新しい流れ  全国の農業総産出額が下落傾向にある中、米どころ≠ニいわれる地域は特に大きく減少しています。県内一の近江米の産地である東近江市も同様の状況で、米価の下落が東近江市全体の農業所得を押し下げている状況です。  そうしたこともあって、東近江市フードシステム協議会(※)では、農家が経営の柱としている米に加え、価格変動は大きいものの収益性の高い野菜作りへの取り組みを支援し、経営安定化をめざしています。 ※東近江市フードシステム協議会は、持続可能な農業の実現と農作物の生産から流通、販売までの安定したシステムづくりをめざして平成23年10月に設立されました。 構成団体は、市内の4つのJA(JAグリーン近江、JA湖東、JA滋賀蒲生町、JA東能登川)、ヤンマーアグリイノベーション株式会社、愛の田園振興公社、東近江市です。 ●甘〜い<Lャベツを初出荷 「カット加工に適した、大きなサイズのキャベツを作るように心がけました」と話すのは、農事組合法人読合堂営農組合(以下、読合堂営農組合)代表理事の澤田喜一郎さん。  平成24年10月、キャベツの出荷作業が読合堂営農組合と読合堂老人クラブ「ふれあい会」で進められました。  収穫されコンテナに入れられたキャベツは、京都市のカット加工会社に出荷されます。これまで読合堂営農組合では、米を2年間栽培した後、翌年の前期は麦、後期は大豆の栽培を行っていました。しかし今回、大豆の代わりにキャベツの栽培を16aの農地で行うことにしました。  みずみずしいキャベツを手にした澤田さんは、「見ての通り完璧。甘くておいしいキャベツが収穫できました」と、とても満足げです。キャベツの品種は「初恋」。作業の休憩時間は畔にみんなで腰を降ろし、採りたてのキャベツをほおばりながら、青春時代の初恋談義に花を咲かせ、笑顔がこぼれます。 写真=植え付け作業(読合堂営農組合) ●なぜ野菜作り  なぜ今、このように野菜作りに取り組み始めたのでしょうか。現在本市では、米・麦・大豆を中心に栽培されています。しかし米の販売価格は、肥料や燃料などの資材費が上昇しているにもかかわらず下落傾向に歯止めがかかりません。麦、大豆にいたっては、国の補助金なしではやっていけないという厳しい現状があります。  農家の指導に携わるJAグリーン近江の福田義裕さんは、「野菜は販売の単価が米・麦・大豆よりも高く、利益が期待できます。実際に農業所得が上昇もしくは維持しているのは、野菜作りが盛んな所です」と強調します。また、「米などと栽培を組み合わせておけば、米が不作、あるいは販売価格が下落しても野菜でしのぐといったW多角化Wによる経営の安定化を見込めます。また、東近江市は、大消費地である京阪神や中京地区へのアクセスが良く、鮮度の求められる野菜の販売にも有利ですね」と分析します。  つまり、野菜作りは、農業経営を安定させる方法の一つといえます。こうした背景から、東近江市フードシステム協議会(以下、協議会)は、農家への野菜作りの支援を始めました。 写真=農業を取り巻く環境についてお話を伺った、JAグリーン近江の福田義裕さん ●スタートラインは出荷先の確保  まず野菜を生産するためには、出荷先を確保する必要があります。特に加工用として出荷する場合は、まとまった量を安定して供給することが求められます。しかし、平均的な市場価格より安いものの、契約の期間は定額で売ることができるため、事前に収益を予測することが可能です。さらに、スーパーなどに並ぶ野菜よりも大きなサイズのものが求められますが、規格や見た目は比較的重視されず、野菜作りの経験が浅くても取り組みやすいという利点もあります。兼業農家の小澤清典さんは、「農家は栽培することで精一杯。販売先確保のための営業までなかなかできません。市場価格の変動の影響を受けない出荷先を確保することは、なによりありがたいんです」と話します。 ●安定した生産のための研修  協議会では今年度から、安定して野菜を生産できるよう、研修を始めています。参加の条件はキャベツ、タマネギ、ニンジンの3品目について、1反(1000u)以上を栽培することです。研修では、野菜全般の知識や栽培技術の習得のほか、経営感覚を養うための講義を行います。また、低コスト化を図るため機械作業を導入し、より効率的な機械の活用方法を実践します。 写真=農機の使い方に関する研修   ●強みを生かし支援  野菜作りにおいて生産、流通、販売システムを確立するにはまだまだ多くの課題があります。そこで協議会では、構成する団体がそれぞれの強みを生かして、農家の野菜作りを支援しています。特にJAは、販売先へ定量を継続的に出荷できるよう、品種や植え付けの時期を計画し、各農家の収穫時期が集中したりしないように指導します。日々、農家を巡回しているJAグリーン近江の福田さんもその一人です。そのほかにも、農業機械の貸し出しや販路開拓、各農家への情報提供などに努めています。  農家にとっては、そうしたアドバイスを受けられることが、協議会の事業に参加する大きなメリットになっています。  新たな販売先を確保するには、求められる条件に合った野菜を栽培する技術が必要です。また、より高い収益を得るためには、必要経費を削り、費用を浮かす努力も求められ、農家は経営感覚を向上させる必要があります。3年前に兼業農家から専業農家へ転身した村林博さんは、「新たな野菜への取り組みにはリスクもある。しかし、協議会の支援や一緒に取り組み始める農家ができたことが心強い。お互い情報交換をしながら、収益を高めていきたい」と話します。このように、協議会は、収益の向上に取り組む農家を応援していきます。 写真=村林博さんの農地で行われた収穫作業 ●攻めの農業へ転換  本市に限らず日本の農業は、産業としての力を失いつつあります。農家数は減少し、農業所得も低下の一途をたどっています。  「日本の農業はどうなっていくのだろう?このままでいいのか?」食を支える農業に対する心配はつきません。  そのような中、今回紹介したみなさんの置かれた状況は異なりますが、野菜作りに新たな活路を見出しています。  東近江市の主要な産業の一つである農業を持続可能なものにするためには、この取り組みを大きなうねりにしなければなりません。守り≠ゥら攻め≠フ農業へ。農地で稼ぐ農業への取り組みが、始まっています。 ※東近江市フードシステム協議会では、来年度も研修を実施し、取り組み農家を募る予定です。 ◆経営の安定と集落の活性化をめざして  農事組合法人読合堂営農組合          <代表理事:澤田喜一郎さん>  読合堂では今回初めてキャベツ作りに取り組みました。まだ小さな面積ですが、目標より多くの量を収穫できました。米作りにくらべると、野菜作りには多くの人手を必要とします。そこで集落の高齢者や女性に参加してもらっています。そのことが、人と人とのふれあいの場となって集落の活性化につながっています。また同時に、仕事として対価を払うことで、集落にお金が落ちるしくみにもなっています。  野菜作りにあたっては、JAなどの熱心な指導がありました。営農組合内に野菜作りのノウハウを蓄積しながら、人材の育成にも取り組みたいです。 写真=農事組合法人読合堂営農組合のみなさん。前列の左から3人目が澤田喜一郎さん ◆人とのつながりが、継続への財産  小澤清典さんと大谷武史さん           上平木町<兼業農家>  平日はJAグリーン近江で働き、休日は大谷さんと2人でニンジンを栽培しています。協議会の事業に参加して良かったことは、ほかの業種や農家とのつながりができたことです。補助金を出して、それで『がんばって』では、長続きしません。継続するための何よりの財産は、人と人とのつながりです。  野菜の新しい売り込み方法として、4、5人でいろいろな品目の野菜を作り、直売所やレストランなど多様かつ細かい要望に対応できる“ミニ産地化”が必要だと思います。変化への対応力を持つことは、兼業農家にとって多くの可能性を秘めています。 写真=小澤清典さん(右)と大谷武史さん(左) ◆野菜は、まだまだ夢を見る余地がある  村林 博さんと村林美津子さん           栗見出在家町<専業農家>  3年前にサラリーマンを辞め、専業農家になりました。米作りに野菜を取り入れて経営しています。私たちだけで野菜作りをしていた時よりも、協議会の事業に参加したことで、たくさんの情報が入ってくるようになりました。  目下の課題は、土地との相性がよく、栽培方法などが自分に合った野菜を見つけることです。そしてそれらをどのように組み合わせて、限られた面積で利益を出すのか。自分の農地で食べていくために必要なことです。  野菜は、米と違って流通も販売もまだ確立されていません。だからこそ、これから夢を見る余地があるんです。 写真=村林 博さん(右)と村林美津子さん(左) 問=フードシステム推進室 電話=0748−24−5573 IP=0505−802−9961