野口謙蔵について

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ページ番号1012213  更新日 令和8年10月31日

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野口謙蔵の姿

蒲生郡桜川村綺田 ( 現・東近江市綺田町) 出身の洋画家・野口謙蔵(1901- 1944)。東京美術学校(現・東京芸術大学)で黒田清輝や和田英作に油彩画を学び、同級生の多くが卒業後フランスなどへ留学する中、帰郷して生涯を蒲生野の情景を描くことに捧げました。彼の作品は、当時油彩で日本画的な詩情を表現する新しいものとして高く評価され、没後80年近くたつ今も多くの人に愛されています。

野口謙蔵の作品
野口謙蔵《冬日》 昭和9年(近江商人博物館蔵)

野口謙蔵略年譜

西暦(年) できごと
1901 6月17日、滋賀県蒲生郡桜川村綺田(現東近江市綺田町)に生まれる。
1919 彦根中学校を卒業後、東京美術学校西洋画科に入学。黒田清輝、和田英作に師事する。
1924 東京美術学校を卒業し帰郷。
1929 第10回帝展に《梅干》が初入選。
1930 母方のいとこにあたる岡崎喜久子と結婚。友人で歌人の米田雄郎の歌集『朝の挨拶』の装幀をする。
1931 第12回帝展で《獲物》が特選。
1933 敷地内に画室を新築する。第14回帝展で《閑庭》が特選。
1934 東光会会員となる。第15回帝展で《霜の朝》が特選、政府買上げとなる。
1939 この頃から前田夕暮が主宰する歌誌『詩歌』の表紙などに絵を描く。
1943 第6回新文展の審査員となる。12月、新文展審査会終了後体調を崩す。
1944 7月5日死去。絶筆は《喜雨来》。同月16日に滋賀県芸術文化報国会主催の芸術葬が行われる。

 

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