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地元学をはじめよう その2

「記録映画で地元学」 

 記録映画「椿山 焼畑に生きる」上映会と対談

(2006年10月7日(土) 永源寺公民館ホール)
講師:姫田忠義 小貫雅男

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「秩父事件」の農民像を今

小貫:僕はね、その「美しい国」で、何か腹が立つっていうかな、要するに今言われたことで『椿山』を見てきて、一つ足りないものが、過去の時代と違う点であるんじゃないかと感じたわけですね。そういう伝統の中にあるすごいものを引き出していくっていう非常に大事なことと、もう一つは、たとえばですね、秩父事件ってありましたね。多摩とか向こうの秩父地方でね。あれは明治17年ですよね。

 あの時には、あの地方っていうのは蚕さんを飼って、桑畑がどんどん山の中にできて、それでものすごい学習運動がさかんだったんですね。どういう学習かというと、農業の技術的な集まりですわ、農民がね。いろいろ議論するわけですね。これはすごい広がりがあった。これは井上幸治さんとか、近代史の色川大吉さんなんかが研究して書いていますけども、ものすごく農民が学習したって言うんですね。単なる農業技術だけじゃなくて、当時『社会契約論』、ルソーのね、その翻訳を手に入れて勉強したっていうんですよ。農民がですよ。ご存じの方も、教科書で見た方もいると思うんですけど、農家の蔵の中から民主憲法草案というのが見つかったわけですね。すごい学習をやっとったわけです、農民が。事実だけじゃなくてね。そういう勉強をした。

 なぜあの町が先進性を発揮したかというと、大八車で山を下って、横浜へ出すわけですよね、蚕さんをね。そうすると、世界の相場を知らないといかんので、横浜から農民が世界へ目を開いていくわけです。そういう環境もあって、農民っていうのはもう単に非常に偏狭で狭いとかがんばりだけだとかそういうことじゃなくて、かなり高度な勉強もできたというのがあるというんですね。それで、秩父事件の時に結局十日間で警察力だけじゃなくて、結局軍隊まで出動して弾圧されちゃう。

 その時に井上伝蔵という農民一揆の指導者がいて、この方は逃れるためによその家の蔵に隠れてずーっとそこで耐えておったわけです。捜索がゆるむまでね。その間に足を悪くしたらいかんっていうので、蔵の中のはしごをあがったり降りたりして足を鍛えておって、そして日本列島を縦断して北海道へ渡ったわけですよ。北海道に渡って名前を隠して別の名前を名乗って向こうで生活したんですね。家族を持って娘もできたんだけど、自分が死ぬ時に、娘に初めて明かしたんですね。自分は秩父事件の井上伝蔵と。こういう話があるんですね。

 明治17年で、あと10年経って日清、それから10年で日露といきますよね、そして世界大戦に入って、そして終戦を迎えて、日本はやっと新しい民主主義なんか取り入れながらきたわけだけども、高度成長しちゃって「もったいない」という精神を忘れながら、ダーッと今日まで来ちゃったわけでしょう? そうするとね、今の周期っていうのは、もう一度、我々の農民像というのをもうちょっと変えないといかん。もっともっと勉強するっていう、身近でやっていくっていう、そういうものがないとね。そうしないと「美しい国」という言葉だけでだまされてしまうという。

 そういう問題で繰り返し繰り返し日本が再興できないそういう状況を今繰り返しているんじゃないかと思うんです。戦後の歴史を見るとね。だから、山羊を飼うなら山羊を飼う技術的なことであるとか、木材をどうするかっていう問題とかそういうことも含めて、いろんな勉強をやるっていうことが本当に。特に若い人はですね。今の大学生は知識はたくさんある、インターネットでいろんな知識を入れるけれど、あんまり考えていないと思うんですね、深くね。歴史も、今の歴史のとらえ方というのはかなり安易だと思うんですよね。そういうことをもう一度掘り返すっていうかな。日本の近代というものを近世から近代に移って今どうなってきたかという勉強も含めてやらないとダメなんではないかなと。

 『椿山』を見ながらね、多分『椿山』みたいなああいう映画を見ればなぜいいかというと、今我々は非常にぜいたくしているから、何か新しい提案が出ても「そんなことはできないんじゃないの」、とこうなるんですね。今のぜいたくな暮らしの中からちょっとつらい仕事は嫌がるじゃないですか。だから、『椿山』をうんと見せてですね、ああやって人間は生きているんだぞっていうのをやっぱり伝えないといかんですね。それを見て、人間はそこから出発しないといかんのだということを今の若い人たちは大いに学んでいかんといかんと。その時の勉強の仕方っていうのは、もう一歩踏まえた勉強が多分必要になってきているんじゃないかなという感じがものすごくするんですね。

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