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地元学を知る 「地産地消で地域の再生を」地元学であるものさがし (2006年10月9日(月・祝) 愛東福祉センターじゅぴあ)
夕暮れに田んぼの畦に明かりをつけてみたらこの村ともつき合い長いんですが、じゃあどうしたらいいだろうね、っていうんで今日、菜の花ステーションですか、そこを見させていただいて、ペットボトルの回収とか長くおやりなんだそうですけど。ここも少し、棚田の下の方ではこうやってヒエを取ってるおじいちゃんがいるんですね。ご夫婦がいらっしゃったりします。こういう人たちが、どんなことを思ってらっしゃるか、よく僕はお訪ねして聞きます。このおばあちゃんが、家の前で豆を育てています。家族のための小さな自給の畑です。これを、お金の、経済の問題で見る見方は僕はあんまり取りませんし、暮らしの文脈でいうと、これは家族を支える畑であります。 で、子どもたちと大人たちとちょっとやったことがあります。この子がここでなんかやってます。この辺にもこう、みんな。8月の確か6日だったと思いますが、みんなが21軒みんな畦の草刈ってくれたんですね。なかなか足並みなんか揃わないですよ。でも、それをみんなが忙しさを縫ってやってくれた。そこでやってるのは何かっていうと、ペットボトルを回収して捨てる前に、ちょっと穴あけてろうそくを立てました。これを、みんなで田んぼの畦に置いて行ったわけです。そして、夕暮れになると、ちょっと明かりがつくときれいになるんですね。もう少し夕暮れになるとなんか美しくなる。そうすると村の衆がみんな外に出て見に来るんですよ。別になんの意味もないんです。 きれいなものがあるらしいといって、おじいちゃんがヨタヨタ、おばあちゃんがヨッコラショヨッコラショと、こう集まってきて、みんなで黙って、「ほう」と言って眺めてる。「ああ、いい村だなあ、うちの村はなあ」って言う。夜になるとこんなふうになるんですよ。2時間ぐらい、1時間半くらいでしょうかね、ぼーっとみんな静かに眺めてますよ。しみじみと。で、ここまで行くのに山道がこう曲がってると、ここがこうあるとパッと見えるんですね。帰るときも振り返り振り返り帰って行くと、後ろ振り向くとこれが最後の風景なんですけども。そんなおじいちゃんたちと、みんなで田んぼの畦に600本の明かりをつけたという。これも一つ手をかけるということなのかなと。そうすると、なんとなくこう、もう棚田の米づくりももう限界だねって思っている人が、少しはまたがんばってみようというふうになったのかもしれない。
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