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人と自然を考える会
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地域資源を生かした「まちづくり」事例学習(その3)

「東近江を循環・共生の大地に」

 地域が自立して生きる仕組みづくり

(2006年12月23日(土) 愛東福祉センターじゅぴあ)
講師:
宮本憲一 嘉田由紀子 藤井絢子

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東近江の事例をどう県政に活かすか

藤井:じゃあ、相当職員に出会って、4000人の職員と強力な対話をしてください。それでないとそこは大変やなあと今うかがっていますが。さて具体的な話、せっかく今日3つの事例が東近江から出ましたし、そこの中でずい分重要な指摘がなされています。

 たとえば、野間さんの獣害とエネルギー、一石六鳥の話で言えば、県の縦割り行政の中で言えば、獣害は畜産、それから農業の問題はどこどこどこ、全部エネルギーは琵琶湖環境部エコライフ推進課のCN対策室というふうに、一つのものを何か実現するために様々なところが非常に縦型で関わっている。地域はこのように大変面的に広がっている、そのギャップの問題。これはもうどうしようもないというふうにおくのかどうか。

 それから、池田さんのお話。池田さんのお話はもう本当にとことん先ほどのキューバの危機ではありませんが、池田さんから言えば、エサを買って食べさせた牛の乳を棄てるという、まさにそこの中での究極の創意の工夫だったと思うんですが。じゃあ池田さんのような農業賞をとられたような方たち、滋賀県内にもたくさんいますが、そういう地平に滋賀県の県の職員の農政の部分、それからひょっとすると市町の職員もそうかもしれませんが、どこまで意識のところが重なり合うのか。

 それから、野村さんの菜の花プロジェクトで言えば、滋賀県だけでも耕作放棄地が、農地に使っていた耕作放棄地だけで2000haある。2000年から2005年の間にもう1000ha増えていて、そこには今日野間さんがおっしゃったような里地は全然入っていませんから、森と田んぼの中間地っていうのはもっともっとたくさん崩壊している。そこへ向けてのエネルギー作物、資源作物ということが全く県のサイドからは出てこない。

 菜の花の部分で言えば、これがもう死活問題で動いてきている中で、実は国の方が先に動いたんですが、これがまた大変危うい動きになっています。小泉総理も阿部総理もそうですが、海外から安い資源作物を買ってくればエタノールになると。エタノールは全部ブラジルから持ってきましょうと。それから、マレーシアからパームを持ってきて、バイオディーゼルをする。そうすると形はバイオディーゼルやエタノールだけど、そのことで滋賀県の各地域でせっかくやってきたものが滋賀県の農地の再生になる、滋賀県の新しい土地の使い方になる、一石六鳥になるということは全く無視された形でものとして動く。

 そこでです。この東近江が日本の循環共生の見本になるとすれば、先ほどの税の配分に戻るかもしれないんですが、地域で動いていることを評価して、しかも国でもできていないことをどう滋賀県で政策化できるか。これは大変難しいと思うんですが、そうでないと、今のままでいえば確かに面積は増えている。そして野間さんのプロジェクトも永源寺であったり様々やっているんですが、点も点、ピンポイントでやっている。滋賀県全体で獣害が起きていても滋賀県全体にはなりえていない。そこをやるのが県の政策だと思うんですが、それは今日の事例をお聞きになっていていかがでしょうね。これも大変難しい問題だと思うんですけれど、後で宮本先生から。

嘉田:野間さんの言っていらした合わせ技はまさに私が言ったものの仕組みと社会的仕組みと精神の仕組みは全部循環するというのと原理的に同じだと思うわけです。まさに動物が食べるもの、そしてそれを支える社会的な人の輪があり、そこに対して精神として最終的には、池田さんのお話にもありますけれども、獣害で、害であるものをいただくことによって、いわばシカも自分たちの暮らしの命の中にとりこませていただくという精神の部分ですね。

 こういうところをまず気づいてもらうことが大事でして、今までの行政の中では出世する人はやっぱり縦にしっかりときっちりと枠組みの中で、AからBからC、HOW TOができる人が出世をしてきているんです。それに対して、私は謎というWHY、たとえばある仕事がある、そうしたらその仕事はなぜ必要なの? という必要性のところまでクエスチョンを持つ人はなかなか行政の中では出世もしないし、それを言われると困るんですわ。現場が動かなくなるから、なぜって言われると。それでHOW TOのところで、いわば手続きの正しさできっちりやってきているんです。それを30年、場合によっては20年やってきたその行政文化は半年や一年ではどうにもなりません。

 4年でもどうにもならないかもしれないけど、でも少なくともこれから行政は何をやるかっていうとお金でもないし、規制でもないし、やはり様々な現場の問題に対して横でつないでいく人が育っていくことだろうということなので、ここはしっかりと東近江のモデルを出していただいて、そして県に一方的に期待というよりは、県を突き上げるような形で動いていっていただけるといいと思っています。

 私は県の中に入ってずい分と菜の花の問題も資源循環の問題も過去、平成10年ぐらいからずっとやっているんですね。ずっとやっていたようですが、それがなぜ動かなかったのか、あるいは動いたとしてもみなさんの希望通りの成果が出なかったのは何なのかは是非とも具体的に示していただいて、そして、こういう政策が必要だということの提案をいただく方がいいかなと。私が今思っている提案は人をしっかりと横につなげる、野間さんのお言葉を借りると合わせ技ができる職員がどんどん現場に出て行けるような仕組みが大事だろうということです。

藤井:では、具体的に職員を東近江にうんと派遣して学んでいただかないと一歩動かないなあ、それは。4年では難しいと思います。それで今までの滋賀県のありようは分かっているんですが、嘉田さんだからって投票した人が21万7842票。重いわよ。それで、その21万7842票がやっぱり何も変わらないやとなったら後ろ向いて歩いたら大変です。

 ここで後ろ向いて歩かないために、県の職員も本当にここに出てくるのかなあと思いながら、先ほどのイタリアのラベンナの例とか湯布院の成功事例をお話しになった中で、研究者のありようとか様々お話しになった中で、今の行政の機構とか市民と行政マンの関係性とか、そんなところでヒントになるようなお話ってないでしょうかね? 宮本先生。なかなかポンと突き抜けることができないんですよね。

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